蒼天の秋-Blue Sky in Fall

一、

「友兄さん！援護お願い！」

　その声に応え、三ツ髪の鼻面目掛けて引き金を引いた。
　水の力が内包された大筒の、青白い爆炎が煙幕となる中での、天井までも届く跳躍。ぐるりと体が翻る。全加速力を載せた右足が鋼の鱗を削り落とした。真心ちゃんの必殺の蹴り。地面が抉れる程の一撃を受け、しかしそれでも朱点童子の分身たる蛇は倒れない。弾丸の再装填。構え。身に刻まれた動きの隙間。闇そのものが蠕動したようだと感じた刹那――――その一つ一つが丸太程もある乱杭歯が視界に飛び込んで来た。真正面からの衝撃と共に、がくんと、左側の重みが消失する。不意に軽くなる体に重心が崩れた。
　友兄！潤くんの、悲鳴とも怒号ともつかない叫びが聞こえる。真っ赤に染まる視界。

　左肩から先。籠手の紐が、牙と牙の間に、引っかかって―――――。

　左腕を根こそぎ奪い取られ、上半身の殆どを口の中に残したまま。悲鳴すら上げられず、生臭い呼吸が顔を覆う。もしも大筒が――――ツブテ吐きが支柱となっていなければ、残った右腕までも噛み千切られていたかもしれない。みしみしと砲身が歪む音だけが残った奇妙な膠着状態。束の間の静謐を破るように、一陣の風が唸った。
「禿げろ！この髪の毛野郎！」
　音よりも尚速い踏み込み。火花を散らしながら突き進む神速の刃が下顎を切り裂いていく。血飛沫の中を、ちらちらと閃きながら落ちてゆく幻の雪。蛇のゆっくりとした最後の息。打ち込まれた激痛と共に視界が暗転し、どさり、と土の上に体が崩れ落ちるのを、他人事のように知覚する。
「友兄！」
「友兄さん！」
「だ、」
　だいじょうぶ、と開きかけた口に飛び込む、大量の血の臭いに息が詰まる。熱い。左上半身が火で炙られているようだ。

　養老水！潤！携帯袋の中に養老水がある！
　そ、そうだな…！
　助かる…友兄さんは絶対に助かるんだから…！

　二人の声が遠くなっていく。全身が沸騰したかのようだったのに、流れる血と共に、熱は逃げ、体が凍えていく。寒い。まるで何時かの雪の日のような。

　冷えて固まった血に黒ずんだ掌を、ただ見詰めていたあの日。運び込まれた所持品の中に、使っていた筈の大筒がない事に気付いたのは何時だったのだろう。少なくとも雪はまだ降り続いていた。其処に父上が居たという痕跡すらもかき消された風雪の中、掘り起こし、拾い集めた部品。

　銅金が弾け飛び、歪んだ砲身。ひび割れた床尾。黒焦げの鋲。折れた地板。奇妙な形に溶けた引き金。
　冷えていく。淋しさと、孤独に、芯から冷えていく。

　これだけしか。これだけすらも、僕には、残してくれなかったのか――――。

　選ばれなかった。
　可哀想に。
　君は、見捨てられたんだ！

　脳裏に焼きこまれた哄笑が痛みとなって甦る。今度は心の中でさえ、違う、とは言えなかった。目の奥に沈み込む絶望という暗さに、ぶつっと視界の糸が断たれ何も見えなくなる。親しげに覆い被さってくる無明の中に、意識が沈んでいくのを感じた。
　本当は誰よりも自分が分かっている。


　―――――僕は。父上に、見捨てられたのだ。





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