我のみ知りて
三、
昼間の暑さが徐々に薄く透き通る藍色の空に吸い込まれていく。
部屋の隅で闇が留まり始める黄昏時。黒々とした気配が天井に、床に、音もなく広がっていく。
――――貴方の選択、確かに受け取りました。
横になっている僕を見下ろす人影の輪郭はぼんやりと滲み、何処までも真っ黒な立ち姿はまるで影絵のようだった。それは明らかに家族の誰のものとも違っていたけれど、命が砂の様に零れ落ち続けている所為なのか、何の疑問も抱かずに、極度に感情を押し殺した、泥の中から湧くような声をただ、聞いていた。
天界とは 退屈で、救いの無い、永遠の孤独の場所―――――。ですが、其処に赴く事が、何でもなく、誰でもなく、やり直す機会もなく。ただ、独りである事が、貴方の願いでしたね。
そうして気付いた時には、地の果てすらも真っ白に溶け合い、上下の感覚が掴めない世界を歩いていた。
そういえば、何時かもこんな雪の中を只管歩いていた気がする。あの時は何をしようとしていたのだろうか。確固たる目的があった筈なのに、それすら思い出せない程に意識が曖昧になる。泣き声が遠く聞こえてくる。そうか、僕はその声に向かって歩いているのだ。如何か泣かないで欲しいと願う為に。そう認識した途端に足が動かなくなる。そのままずぶずぶと沈んでいくのを感じた。
大丈夫だ、友。
何時かの父上の言葉を、ずっとなぞり続けた。振り回された僕の軸。それを貫いて、貫き続ける事が出来て初めて、胸を張れるような気がしていた。だから頑張ったと思う。守らなければ。僕が、確りしなければ。皆と一緒に、頑張ったと思う。
だけど、足掻いても足掻いても、何処にも届かなかった。言葉と現実が乖離する。もう何も分からなくて、見捨てられたんじゃないと思う為に戦い続けるしかないのに、呆気なく倒れて、そこでお終いだった。友兄。友兄さん。父上。僕を呼んでくれる家族がいるあの家には幸せがある。それは確かだ。来し方行く末を否定したりしない。だけど。
――――僕は、あの家で生きている間、ずっと苦しくて、辛かったんだ。
ここは、何処も彼処も真っ白で――――何もない。何も見えない。誰もいない。僕が誰かである必要は無い。ああ、独りという事は、他者と繋がらず、何者でもないという事は。こんなにも心地よく、楽なものだったのか。
支えるものは何もない。沈んでいく。何処までも。退屈で、救いの無い、永遠の孤独の場所へ。僕が選んだ場所へ。
ともにい。
悲壮な声が、僕の名を呼んだ気がして、少しだけ、心が軋んだ。
幻のような儚い響きだった。
「我のみ知りて」了
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