思いの露-前編
くっきりとした輪郭を見せる日の光。それでいて、遠くに雨の気配を感じさせる風が時折吹き抜ける、万寿三年（1026年）水無月の初め。
「聞けば相手から突っかかってきたらしいからね、喧嘩するなとまでは言わないよ。だけど、大通りを吹っ飛ばすって流石に無茶が過ぎるとか、考えない？」
ねえ、紫炎くん？
十二代目護守繋――――現当主である出雲さんが、藍色の瞳に心底呆れたという色を浮かべ俺を見下ろす。
「珠姉…母親に、これ以上距離を置かれて如何するの」
「母さんは元々そうだろ、俺達に対しては」
俺達は双子という以外、他の家族と取り立てて差異がある訳ではない。だが、この家に来訪する時は一寸した注目だったらしい。それと言うのも、俺達の両親は親子――――氏神として昇天した父とその娘が交神したのだ――――だったからだ。
そうは言っても、母は護守の養子なので、父との間に血の繋がりはないのだが。それでも、それまで誰もが親子と言う認識で扱っていた関係が崩れた訳だから、理屈では割り切れない居心地の悪さはあるのかもしれない。この間知り合った陰陽師の空木とかいう人も、“養父と養女が結ばれるって妙に背徳的ですよね”とか言っていたもんな。
母（または姉でもある）が、俺達に対して屈託がある様子なのも、その延長線上にある事なのだろう。
「…そういう所には冷静なのになあ」
何で往来のど真ん中に風穴開けちゃうかな君は。
「だって蒼ちゃんに因縁つけてくるような連中だぜ？」
「君それで世の中の全部が説明出来ると思ってんの？」
「当然だろ」
思い出したらまた腹立ってきた。蒼ちゃんが止めるから我慢したけど（真剣な顔も可愛いよなあ蒼ちゃん…）、やっぱりあいつ等全員岡鯨で打ん殴ってやればよかったんだ。
「――――むしろおれが君を殴りたいんだけど今」
出雲さんの体が動く。俺の顎を狙った前蹴り。その勢いで体が一回転して背中が床に叩きつけられる。痛え。何だこの無駄に鋭い蹴り技。
「砲身歪んだら大筒が二度と使えなくなるだろうが！それを打撃に使うって馬鹿過ぎるだろ。君は何処まで馬鹿なんだ？！ついでに何で突然ヘラヘラ笑いだすんだ気色悪いな！」
その説教の方向性変じゃねえか？大体殴るって言って蹴るって如何いう了見だよ！あと蒼ちゃんの顔思い出したら笑顔になるだろ普通！
そんな事を思いながら体勢を体勢を立て直す――――間もなく、腰を落とした出雲さんの左膝頭と左脛が接触した――――と思った途端、右腕が捻じり上げられる。然程力を込めているようにも見えないのに、振り解けない。一寸待て、さっきから何だこの体術。この人槍使いだよな？！
「訓練で親父様に少しね。彼は珠姉と同じく護守の養子で…義父の戦い方を見て覚えたらしいけど」
「拳法家だったのかよ」
「いや、祖父は弓使いだ。家系図見る限りは。因みに鬼に弓を使わず直接矢をぶち込むのが得意だったらしいね」
それはもう弓使いじゃないだろ。弓使ってねえじゃん。
「このまま少しばかり力を籠めれば、関節を痛めるね」
くそっ、矢鱈と楽しそうなのが癪だ。だけど本当にその位はやりかねないんだよなこの人。蒼ちゃんだって訓練中容赦なくぶっ飛ばされていたし。あ、そういや、何で蒼ちゃんは出雲さんには懐いているんだろうなあ。俺と違って一見態度が穏やかだからそうは思われていないが、人見知りが激しく、得手不得手がはっきりしているのだ。例えば母がそうだが、苦手な相手とは極力関わらないようにしている、そういう所が蒼ちゃんにはある。
それは確かに地上での親代わりみたいなものだけど（俺達の母親と当主は同い年なのだ。しかもこの人の父親も俺達の父親と同い年で仲が良かった――――という縁があるらしい）。しかも背は高いし、美形だし。しかも同じ槍使いで強くて――――何か腹立って来たんだけど。
「――――紫炎くん、蒼炎くんの事で勝手におれに怒るの、かなり迷惑なんだけれど？」
「何故それを？」
こいつ人の心が読めるのか？
「いや、君すっごく分かり易いから。それにその無駄な殺気が」
ああもう馬鹿馬鹿しい。
そう嘯くと、出雲さんはすっと俺から距離を取る。
「蒼炎くんからも、あんまり無茶しない様にってお願いされているからなあ…」
「！」
俺の事を心配してくれるなんて、蒼ちゃん優しいなあ！！うん、勿論分かっていたけど！蒼ちゃん最高！
俺は蒼ちゃんの事が好きだ。いやむしろ大好きだ。そして蒼ちゃんも俺の事が好きだ。それだけ分かっていればいいや、と思う。
「思いの露-前編」了
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