無声の声
「お帰りなさい、矢祭姉様！」
「只今戻りました」
きらきらと降り注ぐ初夏の日差しに輝く金色の髪。私と同じ―――それでいて不思議と険を感じさせない紺色の瞳。交神の儀式で留守にしていた為、言葉を交わすどころか顔を見るのも久しぶりだ。細い首筋もさらりと長い指先も素敵だ。何と素晴らしい女性だろうか。私の拙い語彙ではこの思いを表現できないのがつくづく悔やまれ――――。
「如何しましたか？」
「いや…一ヵ月ぶりだから…」
そうですね、と私に向かって柔らかく微笑む姿は交神に赴く前と変わらないようでいて、不思議と何処かが違って見えた。だから、聞いたのだ。中々決まらなかった姉の相手。苦肉の策とばかりにイツ花(むしろその背後にいる昼子様か）が呼び寄せた、我々福島家とは出自を異にする氏神であるという輩の事を。
「姉様、どんな奴だったんです？」
「そうですね――――」
傍から聞いていれば不躾な（むしろ不遜である、相手は仮にも神だ）問い掛けだが、姉は私が男嫌いだと知っているから咎めない。そいつはどんな野郎だったんだ！と問わなかっただけ成長しましたね矢吹ちゃん、と思ってくれているのだろう。嗚呼、矢祭姉様は優しい。一日眺めていたい。
「矢吹ちゃん？」
しまった、今度は旋毛を凝視していた（私の方が背が高いから、頭頂部が見えるのだ）。何でもない、と首を横に振ると、そうですか、とふんわり微笑みながら、
「あの方はとても――――、良い方でしたよ」
「………」
如何とでも取れる曖昧な言葉の中に確かにあった、こぼれるような敬慕の表情と一欠けらの郷愁。胸に密かに包み込まれた恋。
如何して。
姉の心を知った私の胸に刻まれた、怒りを内包した疑問。
私はずっと一緒に居たのに。如何して後からやってきて、ほんの一月共に過ごしただけの氏神が姉様の心を占めるのか、と。
理不尽な感情だと分かっている。
確かに生まれた時からずっと一緒に居た。だが、それだけだ。私達は双子で、それが当然で。それが当たり前過ぎて。だから私は大江山での出来事以来――――、否、これまでだって一度たりとも姉がどんな思いで一族として、福島家の当主として生きていたかなんて気にした事はなかった。私が姉様の救いになれなかったのは当然なのだ。
それでも矢張り、こう考えてしまうのだ。
私達は双子なのに。私よりも大切に思う相手が出来るなんて―――卑怯じゃないか。
「無声の声」了